【医業経営コラム】クリニック開業前に税理士へ相談しておきたいこと

クリニックの開業を考え始めると、物件、内装、医療機器、採用、資金調達など、短期間に多くのことを決めなければなりません。
一方、税理士への相談は「開業が決まってから」「確定申告が必要になってから」でいいと考えている先生も少なくありません。
もちろん、開業後の会計や税務申告は税理士の重要な仕事です。しかし、クリニックの開業支援をしている立場からすると、税理士に相談するメリットが大きいのは、まだ計画を変更できる開業前の段階だと感じます。
開業前には大きなお金が動き、一度契約すると後から変更しにくいものも多くあります。だからこそ、すべてを決める前に、クリニック全体を「数字」の面から確認しておくことが重要です。

1.事業計画は「融資を受けるため」だけではない

開業時には、金融機関から融資を受けるために事業計画を作成することがあります。
しかし、本来の事業計画は金融機関へ見せるためだけのものではありません。開業後の経営が実際に成り立つのかを確認するためのものでもあります。
患者数が想定を下回っても資金が回るのか。人件費をどこまでかけられるのか。毎月の借入返済はいくらになるのか。院長自身の生活費や、開業後の追加投資まで考慮できているのか。
売上予測だけではなく、「毎月いくら出ていくのか」「どのくらいの売上があれば資金が回るのか」まで確認することが大切です。

2.開業時こそ「過剰投資」に注意する

開業準備を進めていると、当初の予定より投資額が膨らむことがあります。
内装、医療機器、電子カルテ、予約システム、什器など、一つひとつを見ると必要性があるものばかりです。せっかく自分のクリニックを開業するのであれば、「できるだけ良い設備をそろえたい」と考えるのも当然です。
ただ、開業時には大きな金額の見積りを何度も見るため、100万円、200万円の追加投資を「このくらいなら」と感じてしまうことがあります。それが重なれば、総投資額は大きく変わります。
重要なのは、その設備が良いか悪いかだけではなく、その投資をクリニックの収益力で回収できるのかという視点です。
たとえば、開業時に「将来的には使うかもしれない」と考えて高額な医療機器を導入したものの、実際には想定ほど使用する機会がなかったとします。
医療機器そのものに問題がなくても、稼働率が低ければ投資した資金を十分に回収できません。一方で、機器の購入に伴う借入金の返済やリース料、保守費用などの支出は発生します。
さらに、開業時に多額の資金を設備へ使ってしまうと、開業後に必要となった追加採用や集患、別の設備投資などへ回せる資金も少なくなります。
結果として、診療に必要な設備は十分にそろっているのに、使われない設備への過剰投資が資金繰りを圧迫するということも起こり得ます。
もちろん、どの医療機器が必要なのかを税理士が判断するわけではありません。
税理士の立場から見るのは、総投資額、借入金、返済額、固定費、想定売上、運転資金など、クリニック全体のお金です。
「あった方がよいか」だけではなく、「どのくらい使うのか」「投資をどの程度の期間で回収できるのか」「開業時に本当に導入する必要があるのか」まで考えることが重要です。
開業時にすべてをそろえるのではなく、患者数や診療実績を見ながら後から導入するという選択肢もあります。
「借りられる金額」と「借りるべき金額」は同じではありません。
それぞれの専門家から良い提案を受けても、そのすべてを採用することがクリニック全体にとって最適とは限りません。

3.自己資金は「使えるだけ使う」が正解とは限らない

「借入金は少ない方がいい」と考え、開業時に自己資金を多く投入する先生もいます。
しかし、開業後すぐに想定通りの患者数になるとは限りません。追加採用や設備購入など、想定外の支出が発生することもあります。
そのため、「開業するためにいくら必要か」だけではなく、「開業した後にいくら残しておくか」まで考えることが大切です。
手元資金も含めて考えることが、開業後の経営の余力につながります。

4.将来の医療法人化も考えておく

クリニックでは、個人で開業した後、経営が安定してから医療法人化を検討するケースがあります。
開業時点で法人化の時期まで決める必要はありません。ただ、高額な医療機器などを購入するタイミングによっては、将来法人化するときに、その資産をどう引き継ぐかという問題も出てきます。
「まず開業すること」だけでなく、数年後にどのようなクリニックにしたいのか。その視点を少し持っておくことで、将来の選択肢を残しやすくなります。

5.AIで壁打ちしてから相談するのも有効

最近では、開業についてAIに相談することも簡単になりました。
「この投資額は多すぎないか」「自己資金はいくら残すべきか」「個人開業と医療法人では何が違うのか」など、疑問を整理するためにAIを壁打ち相手として使うことは有用だと思います。
一方、実際の開業計画は、手元資金、融資条件、実際の見積額、診療科、スタッフ数、生活資金など、個別の事情を組み合わせて判断する必要があります。また、税制や制度については最新情報の確認も必要です。
そのため、AIは最終判断を任せるものではなく、情報収集や自分の考えを整理するためのツールとして使う。
AIで一般的な情報を整理したうえで、実際の見積書や事業計画を専門家と確認する、という使い分けがよいと思います。

6.税理士へ相談するなら「契約する前」

実際の相談では、「物件は契約済み」「医療機器も決めた」「内装金額も確定した」という段階になって初めて、全体の資金計画を見ることもあります。
もちろん、その時点からできることもあります。しかし、契約後に「投資額が大きすぎる」「もう少し運転資金を残した方がよかった」と分かっても、簡単には変更できません。
物件の候補が決まり、医療機器や開業時期がある程度見えてきた段階で、一度税理士へ相談してみるのがよいでしょう。
その時点で顧問契約まで決める必要はありません。
大切なのは、まだ選択肢を変更できる段階で、「この計画で開業後も無理なく経営を続けられるのか」を数字で確認することです。

まとめ

税理士へ開業前に相談する目的は、単に節税方法を聞くことではありません。
事業計画、総投資額、借入金、自己資金、開業後の資金繰り、将来の法人化まで含めて、クリニック経営全体を数字で俯瞰することに意味があります。
特に開業時には、「あった方がいい」という理由だけですべてをそろえるのではなく、「今、本当に必要な投資なのか」という視点も必要です。
AIも活用しながら情報を整理し、実際に大きなお金を動かす前には、自分自身の状況に当てはめて数字を確認する。
すべてが決まってからではなく、まだ選択肢を変更できる段階で一度相談することをおすすめします。
この記事を監修した人
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【著者プロフィール】
呉 泰成(公認会計士・税理士・行政書士)|税理士法人Luca 代表社員

大手監査法人および医療専門会計事務所での経験を経て、2021年におうかん会計事務所を設立し、医療に特化した税務会計顧問、医療法人化業務、事業計画策定支援等のサービスを提供。2023年10月には税理士法人Lucaを設立。監査法人時代には、大手金融機関中心とした監査業務に従事し、IFRS監査、内部統制監査、アドバイザリー業務などにも携わる。医療専門の会計事務所では、開業医を中心に税務顧問業務、医療法人設立業務、M&A等を手掛ける。
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