【医業経営コラム】親子間承継について(ブレイクスルーラジオ)
医療法人を親から子へ承継する際、最大の壁となるのが「出資持分」の問題です。
今回は、株式会社ジムチョー様が運営する「ブレイクスルーラジオ」に出演し、親子間承継でよくある課題と解決策について、以下のテーマで税理士としてお話ししました。
➀ 医療法人制度を理解する:持分ありと持分なしの違い
② 親子間承継でよくあるトラブル
③ 贈与・相続・現場引継ぎのポイント
④ 持分なし法人への移行:認定医療法人制度の活用
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#60 クリニックを継がせたいーでも“持分”が壁になる親子間承継のブレイクスルー①#61 クリニックを継がせたいーでも“持分”が壁になる親子間承継のブレイクスルー②<Podcastsでの放送はこちら>
#60 クリニックを継がせたいーでも“持分”が壁になる親子間承継のブレイクスルー①#61 クリニックを継がせたいーでも“持分”が壁になる親子間承継のブレイクスルー②本記事では、ラジオでは話しきれなかった内容も含め、詳しく解説します。
➀医療法人制度を理解する:持分ありと持分なしの違い
まずは、今回のテーマの基礎知識となる医療法人制度について説明していきます。
医療法人には社会医療法人や特定医療法人等、様々な類型が存在しますが、ここからの説明では一般的な医療法人に主眼をおいて説明していきます。
一般的な医療法人には、大きく分けて「持分あり医療法人」と「持分なし医療法人」という2つの形態があります。
この違いは、医療法人の“出資持分”(=法人に対する財産的な権利)に関する考え方によるものです。
【持分あり医療法人】
これは、2007年の医療法改正より前に設立された医療法人に見られる形です。
出資者(多くは院長先生)が出資した金額に応じて、「持分」という法人に対する財産的権利を有します。
この“持分”は、法人内部に蓄積された純資産(資産-負債の差額)に基づいて評価され、相続の際には他の財産と同じように“相続税の課税対象”になります。
つまり、法人の利益が積み上がるほど、出資持分の評価額も高くなり、将来的な相続税リスクが大きくなります。
また、持分が相続財産になることから、親族間での承継時に「誰が持分を相続するか」で争いが発生しやすいことも大きな問題です。
【持分なし医療法人】
2007年以降に設立された医療法人や、「持分あり法人」から「持分なし」へ移行した法人は、この持分制度を持たない構造になっています。
持分がないため、法人に蓄積された財産は、あくまで“法人のもの”であり、個人の財産とは切り離されます。
その結果、承継時に相続税が発生するリスクがなくなり、また法人の運営や意思決定がスムーズになるというメリットがあります。
【なぜ「持分あり」が事業承継において“やっかい”なのか?】
持分あり医療法人は、以下の3つのリスクを抱えています:
✅ 相続税リスク(高額な税負担リスク)
• 持分ありの医療法人では、出資持分が「相続財産」として相続税の対象になります。
• 長年の蓄積によって医療法人の純資産が膨らんでいると、出資持分の評価額が数千万円〜億単位になることも珍しくありません。
• 結果、相続税が多額となり、納税資金の捻出が困難になることで、事業承継そのものが頓挫するリスクが生じます。
✅ 経営支配リスク(経営の不安定化リスク)
• 医療法人の出資持分は財産権であり、経営に関与する権利(社員たる地位)とは異なります。
• しかし、実務上は出資者=社員=理事長というケースが多く、出資持分の相続によって法人に対し影響を持つ相続人が現れる可能性があります。
• 相続人は法人に対し、出資持分の払い戻し請求を行ったり、出資持分の払い戻し請求を盾に社員たる地位への就任を主張したりすることができるため、経営の安定性が損なわれるリスクがあります。
• 特に、医業に関わらない親族が影響力を持つことで、経営方針が迷走する恐れも生じます。
✅ 親族間トラブルリスク(争族リスク)
• 出資持分には財産的価値があるため、医業を継がない相続人からも**「自分の取り分」を請求されるリスク**があります。
• 出資持分は流動性が低く、現金化が困難なため、相続人間で不満や対立が生じやすく、感情的な争い(争族)に発展することもあります。
• 最悪の場合、調停や訴訟にまで発展し、家族関係の悪化とともに、法人経営への悪影響も招きます。
このため、近年は「持分なし」への移行や、事前の承継計画の策定が重要視されています。
ここで改めて、持ち分あり医療法人の「出資持分」について、具体例を交えて説明したいと思います。「出資持分」とは、簡単に言えば「法人に対する財産的な権利」のことです。
持分あり医療法人は、設立時に出資したお金に応じて“持分”が決まります。
この持分を持っている人は、もし法人を解散した場合、その時点での純資産(=資産から負債を引いた残り)を持分割合に応じて受け取る権利があります。
言い換えれば、「法人の内部に溜まっているお金の“権利証”」のようなものです。
具体例:
• 持ち分あり医療法人設立時の出資額1千万円
• 医療法人に2億円の純資産がある
• 院長先生が100%出資している場合
このようなケースの場合、院長先生は、医療法人に2億円請求する権利を有していることになります。
この“権利”は、院長先生にとっては、医療法人からお金を貰える権利となり、一見すると何か問題が起きる要素にはならないように思えます。院長先生がご存命のうちに、法人を解散・もしくは他者にに売却する場合には、出資持分に対する権利を行使することで、個人に財産を移すことが出来ます。ただ、院長先生が持分に対する権利を有したまま、急逝されてしまった場合、この持分に対する権利が “個人の財産”として扱われ、相続税の対象になります。
つまり、持分あり法人は「法人のお金」と「個人の財産」が法律上切り離されておらず、相続のタイミングでその“つながり”が問題化するのです。
一方、持分なし法人は最初からこの「権利」が存在しないため、相続や承継が非常にスムーズになります。
先程の具体例で見たようなケースだと、純資産が2億円もあるなら、例えそのすべてが相続の対象になっても何も問題がないように思えるのですが、実はそうではないケースが殆どです。実は、医療法人って「純資産はそこそこあるのに、現預金は全然ない」というケースが本当に多いんです。
どういうことかというと、
• 法人の「純資産」は、過去の利益や資産が積み上がっているので、帳簿上は高く見える。
• でも、そのお金は「医療機器」や「建物」に使われていて、実際に“今すぐ使えるお金(現預金)”がほとんどない。
つまり「帳簿上は財産がたくさんあるように見えるが、実際は換金性の高い資産が少ない(≒現預金は少ない)」という非常に厄介な事態になるわけです。
この状態で院長先生が急逝されると、
• 評価額は大きい ⇒ 相続税はがっつり発生
• でも、支払うための現金がない ⇒ 自宅を売る、借金する、最悪は法人を売却する、という選択肢になることも。
これが「持分あり医療法人」が“やっかい”と言われる最大の理由の一つです。
② 親子間承継でよくあるトラブル
次に親子間承継でよくあるトラブルを説明していきます。
親子間承継の場合、他者への事業承継と比べると、承継のタイミングや組織形態に曖昧さが生じやすく、トラブルが発生しやすいように思います。
他者への事業承継であれば、契約により承継の期間も定まっているのでこうしたトラブルは生じにくいのですが、「親」から「子」への承継は、段階的な承継となってしまうことが多く、却ってトラブルを誘発しやすくなります。
「段階的な承継」が長い期間に渡って行われる場合、主に3つのリスクが考えられます。
a:意思決定の不明確さ・対立リスク
現場(診療)は「子」が運営をされていても、法人の代表や理事は「親」のままの場合、経営判断やお金の使い方など、最終的な意思決定が「親」と「子」で食い違いが生じるリスクがあります。
また、承継対象ではない兄弟や他の親族が絡んでくると、さらに複雑化し、事業承継が停滞する恐れが出てきます。
b:人間関係のねじれリスク
長年一緒に働いている従業員やスタッフは「親」側に信頼や忠誠心があることが多いです。
「子」が現場責任者になっても、スタッフが親を立てるため、指示が通りにくくなる恐れが生じます。また、「子」が診療体制や組織形態を時代に応じて変革させようとした場合、組織運営や院内の雰囲気がギクシャクしやすくなる恐れがあります。
c:財産承継リスク(出資持分の未整理)
親が法人の「出資持分」を持ったままの場合、相続時に思わぬ相続税が発生する恐れがあります。「出資持分」を放置すれば、兄弟間トラブルや、法人そのものの継続リスクにもつながる恐れがあります。
つまり、「診療の引継ぎ」だけでは不十分で、経営権・人間関係・財産の3つをセットで計画的に整理することが、円滑な親子間承継のポイントです。
③ 贈与・相続・現場引継ぎのポイント
ここからは親子間承継に関して、贈与・相続・現場の引継ぎに関して、Q&A形式で解説していきます。
1:親子間承継はどのように計画するのが理想ですか?
理想は、できるだけ早い段階から、中長期的な視野で承継計画を立てることです。
特に「診療」「経営」「財産(持分)」の3つは、それぞれのタイミングや方法が必要になるため、短期的に対処をしようとすると歪みが生じやすくなります。。
多くの方は「まだ大丈夫」と考えがちですが、予期せぬ病気や死亡、判断能力の低下によって整理が間に合わなくなることが非常に多く、実際にはこのリスクが最大の落とし穴です。
5年・10年というスパンで、計画的に「いつ・誰に・何を」承継するのかを考えることが、安心できる承継につながります。
2:出資持分は“贈与”と“相続”、どちらで渡すのが現実的ですか?
現実的には、多くの場合「相続」で承継されているのが実情です。
これは、生前に何も準備しないまま、突然の相続を迎えてしまうケースが非常に多いためです。
ただし、計画的な準備をすれば「贈与」の方が税負担を抑えられる場合もあります。
• 早期から少しずつ贈与することで、税負担を分散できる
• 法人の持分評価額を引き下げたうえで贈与すれば、大きな節税効果も期待できる
• 持分なし法人への移行により、そもそも「持分」を消滅させる選択肢もある
つまり、対策を講じずに相続になってしまったというのは、準備不足の結果に過ぎません。
準備をすれば「贈与」や「法人類型の移行」など、有利な選択肢を持つことが可能です。
3:持分の評価額って何ですか?無償では渡せないと聞きますが、実際は?
出資持分は、医療法人の**純資産(資産-負債)**をもとに評価され、相続税や贈与税の課税対象になります。
そのため、たとえ親子間であっても「無償で渡す」ことは原則認められていません。
重要なのは、この評価額をいかにコントロールするかです。
具体的な対策としては:
• 役員退職金の支払い ⇒ 法人の純資産を圧縮し、評価額を下げる
• 生命保険の活用 ⇒ 万が一の際の納税資金をあらかじめ準備する
• 持分なし法人への移行 ⇒ 持分そのものを消滅させる
いずれの方法も、法人・個人・家族の状況によって最適解が異なるため、必ずシミュレーションと専門家のアドバイスを踏まえて判断することが重要です。
④ 持分なし法人への移行:認定医療法人制度の活用
最後に持ち分ありの医療法人から持分なしの医療法人への移行制度について、Q&A形式解説していきます。
1:持分なし法人に移行すると、親子間承継は本当に楽になりますか?
「持分なし法人」に移行することで、承継時に生じる“お金の面”の大変さが大きく軽減されることは間違いありません。
「持分あり法人」は、相続発生時に「出資持分」が相続財産として課税されるため、思わぬ高額な相続税負担が発生します。
一方、「持分なし法人」は、そもそも出資持分という概念自体が消えるため、相続税の課税対象から除外されます。
つまり、
✅ 承継そのものの手間(経営・診療の引継ぎ)は変わらない
✅ お金(相続税・納税資金)の心配は大幅に楽になる
という形になります
2:認定医療法人制度は、実際に活用されているケースは多いのでしょうか?
近年、認定医療法人制度を活用して「持分なし法人」へ移行するケースは着実に増えています。
ただ、制度の複雑さ・移行の大変さにより、活用されているケースが多いとまでは言えなません。
認定医療法人制度は、2017年から導入された制度で、以下のような要件を満たすことで、法人の持分を消滅させつつ、出資者への贈与税・相続税を課されずに移行できる仕組みです。
【主な認定要件(簡単に)】
• 法人関係者への不当な利益供与がないこと
• 役員報酬が不当に高額でないよう支給基準を定めていること
• 法人関係者以外の営利企業にも不当な利益を与えないこと
• 遊休資産が事業費を超えていないこと
• 法令違反・不正行為等がないこと
• 社会保険診療による収入が収入全体の80%以上であること
• 自費診療の料金が社会保険報酬と同等基準であること
• 医業収入が医業費用の150%以内であること
資産規模が大きくなりすぎて相続税リスクが高まっている法人ほど、「持分なしへの移行」が事業継続・相続対策の鍵になることが多いため、親子間承継においてはとても有効な手の1つと考えます。
3:持分を放棄することは、経済的に見て損にはならないのでしょうか?
この点は非常に重要です。
現在「持分あり法人」で、出資持分を保有している方(≒院長先生ご本人)にとっては、持分を放棄することは、経済的には“損”になるのが事実です。
本来、法人を解散すれば持分に応じた財産を受け取る権利があるわけですから、それを手放すことになります。
しかし一方で、
• 家族全体の相続税リスクを消すことができる
• 法人の安定・継続性が高まることで、雇用や診療体制が守られる
という長期的なメリットも大きいです。
つまり、「個人の経済的損得」だけではなく、「家族全体・法人全体の未来」を見据えて判断することが大切です。
最後に
今回は親子間承継について、ラジオでお話させて頂いた内容を中心に解説していきました。親子間承継は「診療」「経営」「財産」の3つを同時に整理する必要があります。
早期から準備することで、トラブルを未然に防ぐことが可能です。
当法人でも承継に関するご相談を受け付けていますので、ぜひお気軽に
お問い合わせください。
株式会社ジムチョー様、今回も楽しい機会をいただき本当にありがとうございました!
ぜひまた出演させてください!
この記事を監修した人
【著者プロフィール】
呉 泰成(公認会計士・税理士・行政書士)|税理士法人Luca 代表社員
大手監査法人および医療専門会計事務所での経験を経て、2021年におうかん会計事務所を設立し、医療に特化した税務会計顧問、医療法人化業務、事業計画策定支援等のサービスを提供。2023年10月には税理士法人Lucaを設立。監査法人時代には、大手金融機関中心とした監査業務に従事し、IFRS監査、内部統制監査、アドバイザリー業務などにも携わる。医療専門の会計事務所では、開業医を中心に税務顧問業務、医療法人設立業務、M&A等を手掛ける。
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